アンジュ 食のフォーラム2017レポート②

【講演2】 佐々木育弥さん
写真家。1985年北海道上士幌町生まれ。2007年東海大学芸術工学部くらしデザイン科卒業後、建築設計デザイン事務所に入社。その後、写真を通してできる人とのつながりに心打たれ、海外を放浪しながら独学で写真を撮り始める。無印良品の商品開発チームにカメラマンとして参加し、タンザニア、キルギス、ラオスの生産者を撮影。旅先での一瞬の出会いを記録する 「ひとたび 一度・人旅」をライフワークとし、アートディレクション・プロデュ―スも行う。書籍『「君の椅子」物語』(文化出版局)。
————————————————————-西村さんは大通美術館で初めて佐々木さんの写真を見た時、人々の笑顔が印象的だった、特に「無印良品」の途上国協働プロジェクトで撮られた、食卓の笑顔に魅せられたそう。「お若い佐々木さんのこうしたお仕事が、アンジュのこれからと重なってくるような気がする」と語ります。
僕は建築家の卵になって、その後写真家になりました。今32歳です。旭川の東海大学で建築を学び、札幌の建築事務所でデザインをしていたのですが、きっかけがあって今の道に入りました。今日は、写真を通した人とのつながりについてお話したいと思います。旅に出て、本当にたくさんの人に出会いました。出会ったこともない旅人や現地の人たち、時には言葉が通じない人とも触れ合うことができます。旅に出て、日常のサイクルから一歩踏み出した所で交差する出会い、それがかけがえのないものだと感じます。その時大切なのは、「一緒に過ごす時間の濃さ」です。今日は最近の作品ではなく、写真を撮り始めた頃のものを持って来ました。
 
◆「これが本当のばあちゃんだ」
小学校の頃から建築家になりたいと思い、大学卒業後も建築家の卵としてスタートし、建築家として独立を夢見て働いていました。当時は主に公共建築に携わっていました。
初めてカメラを手に入れたのは大学四年の時です。せっかく(卒業旅行で)ヨーロッパに行くのだから一眼レフが欲しい、という程度の考えです。ただ、地元の上士幌町に帰省する度、ひいばあちゃんの写真だけは必ず撮っていて、それが僕の楽しみでした。うちのひいばあちゃんは耳が遠くて、外まで聞こえるでっかい声で悪口なんかを言うんです(笑)。僕の家は母子家庭で、僕はものすごい“ひいばあちゃん子”だったので、毎日そんな悪口を聴きながら、そして元気も貰いながら育ちました(笑)。そんなひいばあちゃんが97歳で亡くなった時、葬儀場の玄関ホールに写真を何点か展示したんです。すると参列の方々が、「祭壇の遺影写真より、こっちが本当のばあちゃんだよね!」と言うのです。それを聞いた僕自身、心が動いてしまって、建築で伝えられるようになりたいと思っていたもの、人とのふれあいや、心の豊かさのようなもの、を伝える手段として、写真のほうが好きかもしれないな、と思い始めました。そう思った瞬間、写真に強く惹かれ始め、興味が爆発していきました。1週間後には勤務先に「写真家になるので」と言って半年後に退社し、1年後はインドとネパールで暮らしていたというわけです。周囲には反対されましたが、二十代で失敗しても何も怖くない、と思って行動していました。
◆旅することで、撮る
けれど、写真家になるにはどうすればいいかなど、わかりません。とりあえず海外に行って写真を撮ってみようと、始めは韓国や中国、アメリカ、メキシコ、またバイトをしてお金を貯めて出かけるといったことを繰り返し、二年間独学で撮り続けました。
ネパールでは仲良くなった人の家の牛小屋の横の小屋なんかに泊めてもらい、1日300円くらいで暮らしました。歩いていて、民家の前を通り過ぎると誰かが飛び出して来ます。挨拶して、おしゃべりして、仲良くなったらまた写真を撮らせてもらうのです。1軒に1、2人の子どもがついて来て、しまいにはひとクラスほどの子どもたちを引き連れて歩きました。彼らに日本語を教える代わりにネパール語を教わり、みんなで手を繋いでお家に帰る。顔が筋肉痛になるほど笑いっぱなし。そんな毎日でした。
古いレンガや木造の建物、歩き始めると動物や人が飛び出してくる。中世に迷い込んだような気持ちになったり、来たことがない土地なのにどこか懐かしくて、これは人間のDNAに残っているのかもしれない、と思うような体験もし、まるで映画の主人公にでもなったような気持ちにさせてくれる村です。その間に髪が伸びて、村の散髪屋さんに行きました。おまけで、殴られたような衝撃ヘッドマッサージ付きのお得な散髪屋さんです(笑)。自分が写っている写真は、現地の人にカメラを渡して「ちょっと撮って」と頼んだものです。当時の機材はデジカメだったので、「押せば撮れるから」と。
こうして僕は、旅することで写真を撮るようになったのです。
 
◆写真を手渡しに行く旅
撮り始めの頃はなんとなく、建築出身なのだから建物や風景を撮ろうかと思っていましたが、帰国して写真を見たら、ほぼ人しか写っていない。写真家になると宣言したのだから写真展ぐらいはやろう。そう考えて「アルテピアッッツァ美唄」で個展をした時、写真を見た方から「本当に人が好きなんですね」と言われ、はっとしました。その頃から、本当に少しずつですが仕事を頂くようになりました。
ネパール滞在から3年経った2014年12月、ネパールで撮った人たちに再び写真を渡しに行きました。旅人は「また来るよ」とよく言うけれど、ほとんどが戻っては来ません。だから彼らは、本当に戻って来た僕に驚いていました。僕も興奮してしまって、渡した瞬間の写真が携帯カメラのものしか残っていないんですが、赤ちゃんが幼稚園ぐらいになって、おじいさんは相変わらずで、よその街に出稼ぎに行って居なかったり、残念ながら亡くなっていた方もいました。この時256枚の写真を持って行ったのですが、約4分の1、60枚ほど本人に渡すことができ、今度はフィルムカメラで再び撮らせてもらいました。たった三年と思っていたけれど、自分もどこか成長し、彼らも確実に前に進んでいるんだと肌で感じました。手渡す時の村の人の顔を見て、お節介かもしれませんが、これからも続けようと心に決めました。(写真)
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◆フィルム写真でできること
同じ2014年、札幌のKita:Karaギャラリーのオーナーから企画展の声がかかりました。モノクロームのフィルムカメラで撮影し、現像から暗室での手焼きプリントまで一人で行い、できた写真をお渡しする、「佐々木フィルム写真館」という企画です。使うカメラはハッセルブラッドというカメラで、おひとりに切るシャッターは、そのカメラのフィルム1本分12回です。その中から選んだ一枚を引き延ばし、何もない白壁に貼っていくと、最後には50組の方の、記憶の壁が出来上がりました。
作品づくりにフィルムカメラを選ぶ理由は、その人との関係性にあります。モニターを見てその場で確認できるデジタルカメラは便利ですが、確認する瞬間に、せっかく一緒に過ごしている楽しい時間から、別の所に行ってしまうような感覚があります。フィルムの場合は現像するまで見られないので、その人とお別れするまでずっと一緒に居られる、そんな感覚です。大切なのは気持ちで撮ること、と言うと曖昧な事に思われるかもしれませんが、撮られる人と撮る人の気持ちや周りの雰囲気が写真に入ってくる。それを大切に思っています。もしかしたら写っていないかも…というドキドキ感は、例えば携帯電話が無い時の待ち合わせに似ていて、もしかしたら会えないかもしれないという感覚もたまにはいいのかなと思います。もうひとつフィルムが好きな理由は、ファインダーをのぞいていて「あ、いいな」と思った瞬間と、暗室で再会できること。その場の空気を吸ったネガを、光を通してダイレクトに焼き付ける。記憶をたどるようにじわじわと現れる瞬間が、その時の空気を再び感じるようで、自分にとってしっくりくるのです。
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◆君の椅子の旅、良品計画の旅
このフィルム写真館の会場になったギャラリーと同じビルにある北海道文化財団の磯田憲一理事長に挨拶に伺い、次の出会いとなる「君の椅子プロジェクト」を撮らせて頂くことになりました。生まれてくる子どもたちに「生まれてきてくれてありがとう」と、居場所になる椅子を送るプロジェクトです。今年で11年目を迎え、今は北海道の東川町 ・ 剣淵町 ・ 愛別町 ・ 東神楽町 ・ 中川町と、長野県内の売木(うるぎ)村の6町村が参加しています。毎年デザイナーが変わるのですが、今年はIKEAの名作椅子「ポエング」をデザインされた中村昇さんが担当されました。2015年には、それまでの取り組みを紹介する『「君の椅子」ものがたり』という書籍が出版され、写真を担当しました。これまで椅子を受け取った子どもたちのお宅へ訪ねて行くのですが、どういう写真を撮ろうというプランもない、いきあたりばったりのロケでした。この表紙は、りこちゃんという女の子が、椅子に座ってモジモジしているところを撮ったものです。この時の写真は、「君の椅子10年展」として谷川俊太郎さんの書き下ろしの詩とコラボレーションされ、芸術の森で展示されました。
 
「君の椅子」を撮り始めて一年後、磯田さんのご縁で無印良品「くらしの良品研究所」に写真を提供しました。ネパールでの写真渡す活動をSNSで見てくれていたようで、無印の本社から突然タンザニアの撮影依頼のメールがきて、これは何かの間違いだと思いました(笑)。日程も間近で決断を迫られましたが、ネパールとインドに行った際、4〜5種類ワクチンを打っていたことが背中を押しました(笑)。タンザニアでは商品開発チームに同行し、オーガニックコットンの生産者の様子を取材しました。初めてのアフリカで、ジャーナリスト拘束事件が起きた頃で不安もありましたが、片道がトルコ経由18時間、ダルエスサラームから国内線3時間、空港からジープで5時間。1週間で現地4泊のタイトな旅程でした。プロジェクトでは単に綿花を買うだけではなく、現地の人たちが自立できる仕組みを構築するのが特徴です。例えば、オーガニックの基準を満たすためには正しい栽培知識と技術が必要なので、トレーニングセンターとデモ農場をつくって無料で研修をします。学校がない地域に校舎を建設し、先生が来てくれるように教員住宅を整備します。乾季に子どもたちが15キロも歩いて水汲みにいかなくて済み、学校に行けるよう、そして生産者が健康に暮らせるよう、雨水利用の設備をつくります。また、タンザニアのかまどは薪を室内で燃やすので、煙が充満して健康被害が起きているので、熱効率の良いかまどを提案して女性たちの健康を守ることもしています。また資金面でも、有機農法に転換したい農家の事業計画やお金の貸付も行います。コットンの他にも、ひまわり油の工場や、女性のための縫製工場をつくります。現地の方々からも、こうした取り組みの結果、暮らしが豊かになり、健康的になったそうです。
このロケ中に、このプロジェクトを立ち上げた方のお話を聞く機会がありました。最初は現地で信用されずに相当に苦心されながらも、強い思いは変わらなかったこと。そして、この活動を広めるのが目的ではなくて、健康的なくらしをつくることが目的だということ。そのためには、周りの環境も一緒に健康的に変わっていかなくてはならない。成長が早すぎてもいけなくて、植物と同じで“育つ時間”、つまり時間と根気が必要なこと。彼らが自らの力で変わって行く、そんな力が未来への贈り物なのだ、というお話を聞きました。
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その後、キルギスで無印とJICAが行なっている「一村一品プロジェクト」の取材をしました。羊毛が盛んですので、フェルトのロバや羊をつくっています。
また、ラオスでは無印の世界中の店舗で扱うマイバッグを製造する工場へ行きました。どの国でも生産者の方たちに、東京やフランスやニューヨークの店で商品が売られている様子を見せるんです。初めて、これまで自分たちが作っていた商品が、どんな人たちが買って、どんなお店で売られていているのかを知った時の彼女たちの目が輝く瞬間を見て、僕自身も大切な贈り物をもらっているなという感じがしました。去年は、雑誌[pen]の北海道特集でここにいらっしゃる曽我さんとご一緒し、来週は深江さんと一緒にお仕事をします。木こりの写真を撮り続けていたら、中川町の方と知り合ってプロジェクトが生まれたりと、紹介しきれないほどのご縁があります。このように、僕自身、人を通して旅をしています。
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僕は、いつもやりたいことが明確すぎて、やらないと気が済まなくなってしまう性分で、情熱こそが自分の原動力だと思っています。一回きりのぶっつけ本番ですから、失敗したって当たり前。すぐに結果が出なくても、5年後の結果を思って時間を投資することが大切だと思っています。僕は26歳で写真への恋に落ち、情熱を持って続けていたら、それが仕事になっていきました。何をするのにも、情熱こそが、原動力だと、私は思っています。なので、よかった皆さんも思い切って、心動く方向に出かけてみてください。生きている街の中で、同じ風景に出会う事は二度とありません。そんな一瞬を逃さないような一日に、そして、これからも私自身、旅を楽しみたいと思います。//
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◆会場との対話
西村さん 会場から、酒井広司(こうじ)さんhttp://siaf.jp/artists/sakai-kojiをご紹介させてください。酒井さんとは十数年前にお出会いしています。個展でモノクローム作品を拝見した時、懐かしさや悲しさを感じました。偶然にもこのお二人を紹介してくださったのは、同じ方でした。2016年に、第68回北海道文化奨励賞を受賞なさっています。けれど実はもうひとつ、北海道のチーズの冊子で、うちのチーズ職人(三浦さん、射場さん)たちの大先輩である近藤恭啓(やすひろ)さんや、三浦の出身の工房のオーナーのポートレートを撮られた方で、チーズをつくる私たちとのご縁を感じて来てくださっています。
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酒井さん 札幌から来た酒井です。急なご指名で戸惑って居ますが、自己紹介いたします。佐々木君とは以前から知っている写真家の仲間です。違うのは、僕は北海道だけを撮影しています。北海道がどんな場所かと言うことを、写真を通して考えたいと思ってやっています。大河原さんが「和食は日本文化を象徴している」とおっしゃいました。その点、北海道はいい意味で日本じゃないような印象を持っています。僕は余市町出身で、北海道の人間という立場から撮影しています。その意味では佐々木君と対極の写真かもしれません。しかし結局、佐々木君も僕も、写真でやりたいことというのは、写真に写るもの、目の前のものが明確に写ることが面白いということに加えて、その向こうに「写真ってなんなのかな」ということを考えてやっているのだと思います。後でそんなことも聞いてみたいと思います。//