アンジュ 食のフォーラム 2017 「足元から世界へ」〜レポート①

 今年も町の内外からのお客様で盛況だった、アンジュのフォーラム。はじめに、鎌田町
長に代わって松原企画環境課長が、心のこもった歓迎のご挨拶を下さいました。
—— この会場は、町外から来られた方がのんびりとくつろいで頂き、 “酪農のまち
黒松内”を感じて頂くためのホールです。西村さんたちはここを生かして教育文化
の振興、食のイベントなどに取り組み、まちづくりに大いに貢献しておられます。 」

プログラムは例年どおり、二つの講演と、講師を含むパネルディスカッションの二部構
成。司会はフリーアナウンサーの堺なおこさん。札幌市伏見のケーキサロン「サロン・
ド・アンジュ」時代から 20 年来のご友人で、息もぴったりです。

今年のテーマは「足元から世界へ」。自らの足元を踏みしめて広い世界へ眼差しを向け
る方々が熱く語り合い、会場の皆様とその思いを分かち合いました。

【講演1】
大河原 謙治(おおかわら けんじ)氏
辻調理師専門学校(エコール・キュリネール国立 くにたち )卒業。1998 年 京都嵐山吉兆本店入
店。2008 年「ザ・ウィンザーホテル洞爺店」副料理長。この間に洞爺湖サミットを経
験し、2010 年 7 月料理長就任。「ミシュランガイド北海道 2012 年特別版」 「2017 年特別
版」で 2 つ星。高校時代はバスケットボールに打ち込んだ。
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◆「無形文化遺産」になった日本料理と、海外の誤解
いま、日本料理が世界から注目されています。以前、私がロンドンで訪れた和食店の名
は、なんと「セクシーフィッシュ」(笑)。カジノのある地区のホール 300 席の大型店で、
芸能人を呼んで PR し、それを目当てのパパラッチが集まるといった賑やかな雰囲気。
そこで供されるのは炉端焼きとお寿司とお刺身。それを世界各国のレベルの高い人たち
が求めて集まり、予約 3 ヶ月待ち、客単価 1 万 5000 円だというのです。こういう形の
日本料理が求められているのかと驚きました。しかし、これは居酒屋料理というか、私
たちが伝えたい料理ではないなあと。一方で、私の先輩の石井さんという料理人の方が、
現地でしっかりとした日本料理を出していらっしゃいます。ウクライナ、インド、イタ
リアと各地で働いてみて、日本料理が無形文化遺産になったことは本当に喜ぶべきなの
かと思えてきます。消えゆく残すべき文化と見なされているのではないか。それだから
こそ私たちは、「日本料理」を伝えていきたいのです。

◆日本料理に必要な事、日本料理ができる事
実は、無形文化遺産には懐石料理や割烹料理だけでなく、家庭の料理も含まれているの
です。美しさ、季節感、新鮮な食材、栄養バランスに優れている、行事に関わりが深い。
確かに、昔の家庭料理には確かにその要素を備えていました。日本料理といえばお寿司
すき焼き懐石ではなく、一番大切なのは足元の日本料理、つまり家庭料理の基本だと思
うのです。ところが、現代は日本文化離れです。お節句を大切にしないでクリスマスを
祝う、何が日本人だろうと思う時もあります。このお節句を、料理にとどめていきたい。
懐石料理は元来、こうした事柄をすべて含んでいます。日本文化そのものであると思っ
ているんです。四季があり器があり食材があり節句ごとの趣向があり、そしてその時の
お客様のためだけにしつらえをする。そうした精神性を持つ懐石料理を残すことは、日
本文化を残すことなのです。

では、どうすれば懐石料理が未来に生き残るのか。どのようにあれば皆さんが喜んで親
しんでくださるのか。料理人が、そうした観点で行動すべきだと思っています。そのた
めには、器を作る方、農家さん、漁師さん、資源が限られてくる中でどう活かすのか。
そして地域にどんな価値をもたらすのか。私たちがその食材や生産者、その土地に価値
を生むことができているか。それができたと感じる時、料理の仕事を誇りに思います。
ホテル内にある「ミシェル・ブラス」と共同フェアをした時、ミシェルさんは「私たち
は田舎にいるからこそ価値がある」と仰っていました。「田舎に価値をつくるために我々
はここに来た」と。これには心から感動し共感しました。(これなら)料理人の存在価
値があるなあ、世界ランキングトップのブラスの価値観なのだなあと感じ入りました。

実は今、日本料理の仕事を通じて、北海道に大きな可能性を感じています。
恵まれた自然があるにも関わらず、商売っ気がないというか、他力本願に感じます。誰
かがやってくれる、誰かが売ってくれる、農協がやってくれるだろう。こだわって作っ
たものとそうでもないものが同じ価格、これはおかしいような気がします。吉兆では地
元の生産者さんの作物を買います。例えば、北海道になかった賀茂茄子を作って頂いた。
しかし京都の賀茂茄子と違って、皮が硬くなるんです。それを買います。なぜなら、料
理人は材料を使いこなすのが仕事だからです。その土地の野菜、果物など、いい時悪い
時があるのは仕方がないし、そういうものだと思うんです。ですから「これはいい、こ
れはダメ」と選ぶのでなく、「この人の食材はここがいいね」と、良い部分を生かそう、
伸ばそうという付き合い方をしています。うちのスタッフが農家さんに可愛がって頂け
るのも、それが一因かもしれません。こうしたやり方は、私どもがちょっと裕福な料理
屋だからできる部分もあるでしょう。けれども、僕の居る所は農家さんを支えていく企
業だと思っていますので、仕事の大切な部分だと考えています。

◆「夢を語れる子ども」が育つ場所をつくりたい
私には、調理師学校をつくりたいという夢があります。候補地として洞爺があると思う
のです。昔、とても良い家庭科のある高等学校の評議員をしていたのですが、財政の事
情でなくなってしまい、大変残念でなりませんでした。それで、いずれ洞爺に学校とい
う形で恩返しができればと思っています。フィリピンで子どもたちと話したことがある
のですが、屑拾いをして月 3 万円しか稼げなくても、彼らには夢がある。一方、日本の
子どもたちは夢が描けない場合が多い。我が家の子どもたちにも、何になりたいの?と
か、夢は持った方がいい、持ったら人に語りなさいと言っています。夢といっても、仮
面ライダーの時もあるし、それはなんでもいい。僕の夢も子供に話します。すると、う
ちの子は「お父さんは学校を作るんだ」とお友達に言う。だから諦めようがないんです
(笑) 。例えば生徒なら、吉兆に入って何がしたいか。自分の行き方を通して人生に何
を残していけるかだと思います。子どもたちには、きっと伝わると考えています。例え
ば青年層のうつ病や自殺の増加、働く意欲の低下なども、その前の世代が「仕事ってつ
まらない」と伝えて来たのが一因ではないでしょうか。これからは、「仕事って面白い
ぞ」と伝えていきたいですね。//

◆パネラーとの対話
Q. (深江)日本料理の流布の反面で、実際には本質が伝わっていない、というお話を
伺いました。今、日本人の私たちは、和食に慣れ親しんでいるでしょうか。
A. 年代によりますね。吉兆の主客層は、贅沢を知る 50 歳代以上です。その方々が、美
食を楽しむけれども段々胃が疲れてくる。そこで、ホッとしたくて和食を食べにいらっ
しゃるようです。世界的にも、料理は軽くなる方向性ですよね。一方、家庭料理は洋食
の方が作りやすい時代ですし、働き盛り世代は洋食のほうが満足度が高いようです。私
は今回のテーマでもある「足元」、つまり日本料理を知っているので、今伝えようとし
なければ、和食は間違いなくなくなってしまうと危機感さえ感じます。ご家庭でも、で
きればちょっとした事、例えば朝ごはんとお味噌汁と一品、といった事からしてみては
どうかと思うんです。

Q. 家庭の和食離れに関連して、おだしについてもう少し聞かせてください。(深江)
A. 日本人の味覚は繊細です。その背景には、 「水をベースにして味をつくる」という和
食の特徴があると思います。水がおいしくて、だしが出てご飯が炊けて、初めて料理が
成り立つ。何しろ、京都の料理屋が東京に出るだけでも嫌うんですから(笑)。それは
だしの出方や沸点が違うからなんです。私たちが洞爺に来て最初にした事も、水探しで
した。北海道で私たちが出したい味がつくれる水、しかも取りに行ける距離の水源はど
こか。テストの一番最初は昆布だしです。昆布も利尻か、羅臼か、また鰹節も地域や作
り手を変えたりブレンドしたり、とにかくあちこちの水を採っておだしを取ってみまし
た。

Q.「だしを取るのになぜ、贅沢な材料をつかうのか」と外国人に聞かれて説明できなか
ったので、教えてください。おいしいおだしとは、プロが見てどこが違うのでしょう。
(パネラー・曽我貴彦さん)
A. お椀(椀物、お吸い物)にだけ使うのが一番だしです。二番だしは、底味(そこあ
じ)です。うまいけれども、邪魔にはならない。それがあるからおいしくなる。どちら
にせよ、大きくなく小さくなくストライクゾーンにはまる、飲んで心地よい、嫌な味が
なく、味が濃すぎるわけでもない、そういう味でなくてはいけない。お客様に椀物をお
出しするタイミングでおだしをひく。さらに、お客様の反応や、ご年齢やお住まいの土
地、どんなお酒を召し上がっているかといったことを、サービスの者から聴いて、それ
ぞれ調節が変わります。極端な話、小さなお子さんに熱々の料理は、不親切です。誰を
喜ばせるためにお席にいらっしゃったのか、それによって内容さえ変えることがありま
す。お人に対してお料理をつくっているのであって、これが吉兆の料理だ、というもの
を押し付けることではありません。料理屋としての誇りは持っているけれども、(そう
いう気持ちでつくっていますので)ぜひ一度、きちんと飲んでみて頂きたい。

Q. 高級な材料を使うほど、だしはおいしいのですか?(曽我さん)
A. それが、そうでもないんです。北海道の水は甘みがよく出るので、羅臼昆布は濃く
出すぎる時がある。一方、利尻昆布は品がいいけれど、甘みがでやすい。洞爺店では、
等級は二番目くらいの真昆布をたくさん使い、一晩かけてだしを取っています。食材が
持っているどの面を出していくかによって扱いを変える。これは、食材の扱い全般に通
じますね。特に北海道の野菜は“我が強い”。例えば北海道の天然の山菜は、市場の山
菜と同じように扱うと、苦いんです。料理人によってはうまく扱えないかもしれません。
また(これは北海道ではありませんが)、天然うなぎは養殖より大きく育って皮が硬く
なるので、独特の調理技術が要る。でも、上手に料理すればとてもおいしくなる。個性
が強い食材を扱い切れるかという点で、腕が問われる時代だと思います。

◆会場との対話
Q.教育について、ご自分の子ども時代の体験を話していただけますか。
A. 私の育った家は、誰もが来る家でした。ご飯を食べる時、学校の先生や教育委員会
の委員長さんがいる(笑)。そんな風に育って自分の家庭を持ったら、似たような家に
なりました。親が「これが当たり前、心地よい」と感じる環境を与えてあげることが、
まず大切だと思います。人それぞれ、家それぞれで満足するレベルは違うので、できる
だけ色々な人に子どもを合わせるようにしています。

Q. 農家をしていますが、洞爺にいながらウインザーホテルには敷居が高くてなかなか
行けません(笑)。勉強会をしているので、地元農家に何かアドバイスをお願いします。
A. 僕が行きますよ(笑)。または、家にお招きします。アドバイスとしては「自分らし
い野菜」を目指されていいと思います。規格が大事な場合も経営上もちろんあるけれど
も、ここのお米は 1 キロ 5000 円、というのがあってもいい。その代わり、この味を維
持できなければ買えません、ということです。僕ら料理人は素材ひとつ作り出せない。
農家さんがいなければ何もできません。農家の若い方、継いでくれる方に楽しさを伝え
なければと思っています。世襲制という意味ではなく、思いがあってそれが乗っかった
食材がおいしいのであって、それを生かしたい。本州でおつきあいする農家さんはそう
いう方ばかりです。北海道でも、そうした方と出会いたいです。収量や農地の規模で競
うのではなく、そうした面に考えをシフトして頂きたいなあと思います。

Q. 関西から移住して来たのですが、北海道らしい料理ってなんだろうと考えてしまい
ます。ぜひ、このことについてお考えを教えてください。
A. 北海道の料理…、ちゃんちゃん焼きでしょうか?(笑)
その土地でなければ生まれない料理がその土地らしさだとすると、アイヌ料理というこ
とになりますね。
私どもでは「北海道の食材を使って京料理を表現する」というふうに考えています。道
外から来られるお客様を喜ばせたくて、北海道らしく見せようと大きく大胆に盛り付け
たこともありますが、今は、それもまた違うのではないかと思っています。
僕らは京都から来て、京料理を北海道の食材で伝えたい。
北海道の人には、北海道らしい料理を北海道の食材で伝えて頂きたい。
そういうことだと思います。

(曽我さんコメント)北海道らしさについてですが、4代前はみな他府県から来られた
“移民”のような面がありますから、食も多彩なものの集合体だとも言えますね。

Q. 北海道を訪れる方は、北海道らしさを期待する。その時、伝えるものや言葉が乏し
いのはあまりに残念です。
A. それは、バーベキューでしょう! 夏になると皆、外で焼いて食べる(笑)。

Q. 例えば会津に行きますと、中通り浜通りとで地域性が大きく違います。北海道では
出身地の影響なのか、家庭ごとに味が違う。そういう多彩な地域だと思うのですが。
A. 北海道に来たらお刺身やお寿司など、和食が食べたいと思われる方が多いようです
が、和食をやってきた僕からすると、北海道は洋食がおいしい土地柄です(笑)。観光
の方たちが“ご当地の味”を期待して居酒屋さんに行くのですが、それがさほどおいし
くないと聞きます。居酒屋さん同士の味付けもバラバラで、“これが北海道風”という
統一感があまり無いんですね。例えば卵焼きを注文すると、甘かったり甘くなかったり、
だし巻きだったり。それが僕には面白い。曽我さんのお話も含め、今仰ったように、ひ
とつの北海道らしさかもしれませんね。

Q.ところで、お客様の多いお家ということですが、どなたがお料理するのですか?最近
では、何をつくりましたか?(司会・堺さん)
A. 料理は僕がします。イタリアンを(笑)。やはり、どことなく和のテイストが入って
います。あさりのパスタは、ニンニクとアサリを鍋で蒸して日本酒を注ぎ、別に昆布だ
しをとっておき、それで味を整えます。時期によってはギョウジャニンニクなども入れ
ると一層おいしいですよ。//

文責:深江園子(オフィス YT)