第5回 北海道の食を語る講演会と食のフォーラム (その2)

 

斉藤幹男さん

1978年札幌生まれ。2007年ドイツ・シュテーデル美術大学卒、マイスター取得。 手描きの絵や写真、CGなど様々なイメージを組み合わせた映像作品を主に制作。国内外のギャラリーや美術館展示や、ライブイベントでの映像上映も盛んに行う。2016年、北海道立近代美術館「ともにいること ともにあること」に出展。

 

◆誰もが見られて、心をゆらす不思議なアート

「自己紹介がわりに」と、会場に作品を展示してくれた斎藤幹雄さん。ドイツ留学を経て札幌を拠点にする美術作家です。斉藤さん、実は大学は文学部で小説家志望だったそう。どうやって美術家に? どうしてこんな不思議な作品を作っているの?

頭の中は聞きたいことで一杯です。

影絵遊びのように壁に踊る作品を眺めながら、斉藤さんの話が始まりました。

 

「小学校の美術の先生が、大人に対するのと変わらない視点で指導し見守ってくれ、その頃に絵を描くのが好きになりました。中島公園の”童話の小径”に当時のタイル絵が残っていますが、技術は今もさほど変わっていませんね(笑)。その後美術部に入ることもなく、大学の文学部で小説を書く勉強をしました。教授は小説家で文芸評論家でもある方で、『文学部で学んでも小説家にはなれない』と言うのです。でも先生には小説の技術、つまり”自由な形”で書いていいのだということを教わって、それが美術に進むきっかけのひとつになりました。」

 

−斉藤さんはその後ドイツへ。日本と違う豊かさに惹かれたのだそうです。

「例えば、家族で夜の散歩をして、閉店後のギャラリーのショーウインドーを眺めたり、そうした時間の使い方にちょっと驚いて、なんだかとても豊かでいいなあと。志望当初は文芸評論や美術評論を書きたかったのですが、それには英語力が足りない。ならば美術を制作する側ならどうだろう?と。それから制作を始め(!)、ドイツの美大二十校ほどに自己流の手描きアニメーションをVHSビデオにして送るうち、一人の教授が「言葉が喋れなくてもいい、作品をもっと見たい」と言ってくれました。もうこんなチャンスはないと思い、ひと月後にはフランクフルトに行っていました。」

 

−ドイツの美大の環境は、日本で思っていたのとは随分違ったようです。

「その大学の授業はちょっと変わっていて、先生が教える「授業」ではなく、アトリエで自由に制作したり、違う表現の学生が教えあったりする。先生も月に3日間くらいしか大学にいない。そして学生の活躍が教授の実績になり、教授の作品が学生には刺激になる。学生が先生を選び、アーティストにとってもいいキャリアだからとても熱心です。学生のほうも、何ならいつでも取って代われる、というような独特の雰囲気でした。」

「ハウスマイスター(学生の生活面を補助する職員)の夫妻は本当にアートが好きで、教授や学生の作品をコレクションして展覧会を開く収集家でした。食堂のスタッフも食のアーティストみたいな人で、普段から同じ献立が出ない。料理のワークショップはこの人が教えるんです。市場で食材を選び、食べられる野草を教わり、ビールやソーセージをつくる。そうしたことも制作活動のために大切だと学びました。写真は授業で学生がつくったパンで壁を埋め、それをチェーンソーでガーッと切ると中でアーティストが制作しているという作品です。僕が人生で唯一作ったパンも入っています(笑)。」

 

−そしてデビューの契機が!いきなり学内展最優秀賞に選ばれたのです。

「画用紙にクレヨンや色鉛筆で絵を描き、フィルムを吊ってローラーで回転させて映写する作品をつくりました。学内展は、場所とりからすごい競争です。なぜそんなに熾烈かというと、ギャラリーのオーナーや評論家が来るし、賞金は数十万円。学生にとってはすごいことで、皆必死なんです。僕はそこで賞を頂いてしまって、その時しか見たことないんですが、500ユーロ札 −財布からはみ出ちゃう大きさで、たしか緑色でした−を3枚もらいました(笑)。すぐにスカウトが来て、ギャラリーに合わせて少し洗練した形にして展示をしました。」

「僕のアニメーションはストーリーがないんです。最初から順番どおり見なくていい、時間の制約がない。そして小さな方からお年寄りまで見てもらえるものがいい。そういう思いから映像に取り組み始めました。2015年に制作したのは《コアラの反抗期》というCGアニメです。コアラが、なぜかわからないけれども怒っている。声は、動物の鳴きまねが得意だというドイツの友人に、想像だけで録音してもらいました。地球の裏側にいる見たことのない動物をまねるのは、その距離を感じることです。この作品では、人に見てもらった時に作品がはじめて成立する、ということを思いました。」

 

−オブジェも、場所や見る人が関わる事で”変化”していくようです。

「2013年と2015年の個展は、はじめにご紹介下さった高畠みゆきさんにキュレーション(アーティストを助けて展覧会をつくりあげること)をして頂きました。今日、この会場の二階にいる猫はそこで展示したものなんですが、ビルの地下にあるギャラリーへ降りてきた人がびっくりするようなサイズにしたいと思い、尻尾を天井ギリギリまで高くつくりました。ピンと立った尻尾を輪投げの形にしたのは、日本にもドイツにもあって誰もが知っているからです。」

「入口脇にあるのは、『さっぽろ天神山アートスタジオ』に依頼された《犬の小便小僧》です。市民が参加できるような作品を、ということでした。現地に行ってみると、雪の上のあちこちに犬のおしっこの跡が(笑)。ちょうどベルギーで小便小僧の人形をたくさん買ったばかりで、「おしっこの跡に合わせて犬の人形を置いたら、カワイくなるんじゃないか」と。そこで、雪を型に入れて犬の像を大量生産することにしました。ワークショップでは一体作っては次のおしっこの跡を探す(笑)。吹雪の日は屋内で、小さなシリコン型でホワイトチョコの犬を作りました。1週間後に雪像を見に行ったら犬の前に花やドングリが供えてあって、これはお地蔵さんだなぁと(笑)。発表後に思ってもみない受け止め方をされるのがいい。そう思いながら制作しています。」

 

会場とのQ&A)

—黒松内町でも2015年に、地元の小学生と一緒に映像制作をされましたね。

はい。こういうとき、地元の方々とふれあっていくと、2回目にできるものは1回目より良くなります。つまり、つくるのに時間がかかるものなのだと思います。東京ではなく札幌を主な活動場所にしてみて、風土や気風に合うもの、ここらしいものがあることとか、時間をかけてつくったり味わったりするリッチなもの、という感覚を強く持ちました。

 

—現代アートは難しいものではないのですね。どう見たらいいのでしょう?

アートへの感じ方は人によっても時期によっても変わると思います。誰もが、いつ好きになるかもしれないので、一度で決めずにたくさん見て頂きたいです。

 

斉藤さんのお話は明快で、それでいて質問を受けて豊かに広がっていきます。作品は見られることで変化していく、その土地になじむアートがあるというのは、まるで、チーズやパンやワインにもつながる気がしました。

ところで、バルコニーから私たちを見下ろしていた巨大な黒猫は、この建物に永住を決めたようです。ぜひ立ち寄ってみてください、思わずクスッと笑ってしまうかも…。

 

休憩の後はいよいよ、テロワールをつくる3人の方たち、村岡武司さん(函館・ギャラリー村岡)、木村幹雄さん(七飯・Hütte)、曽我貴彦さん(余市・ドメーヌタカヒコ)が講師を交えてのパネルディスカッションです。

 

(その3に続く)